2009年2月16日月曜日

私が博士課程に進学しなかった理由

幻影随想: ブログでバイオ 第41回「私が博士課程に進学しなかった理由」という記事がおもしろい。私が同じ問題で悩んだのはかれこれ一昔前の話だが、私が博士課程に進学せずに企業に就職した理由を書いてみたい。

1. リスクの話

もともと私はあまり考えずに行動するクセがある。穴があれば入ってみるし穴がなければ掘ってみる。考えずに行動して困るのはいつものことで慣れっこなのだが、リスク管理は大事である。後悔しなくてすむよう、選択を間違えた場合のことを少し考えた。

博士課程を1年で中退して企業に就職するのと、企業を1年で退職して博士課程に入るのとどちらがやりやすいだろうか。私の結論はとりあえず企業に就職、向いていないと思ったら大学に復学することだった。博士課程を中退したら第二新卒とやらの就職活動をせねばならず、なにかと大変そうだ。逆に企業をやめて博士課程に入るのは、同じ研究室に入り直すのならば簡単、出身大学の同じ学部でもなんとかなると思っていた。

もちろん、修士課程から1年のブランクを経て博士課程に戻り、元同級生に追いつくのは言うほど簡単ではない。将来間違いなく戻ってこられるよう、修士の段階で研究の成果は出しておくように努めた。

2. 大学だけが研究の場所ではない

研究は好きだった。ただ、「研究をするために博士課程に残る」という考え方は説得力がなかった。企業で研究者になっても良いし、仕事が終わってから自分の研究を家で細々とやっても楽しい。幸い私の専門分野は実験器具がいらない情報系だったため、自分の研究はどこでもできた。大学にあって家にないものといえば図書館と研究仲間・先生だが、大抵の論文はオンラインで手に入るしインターネットで世界中の研究者と議論もできる。

3. 海外の大学に行ってみたかった

私は国産品主義の日本びいきなのだが、残念なことに私の研究分野はアメリカが一歩進んでいた。先輩を見ても優秀な人はほとんど海外の大学に留学・就職していた。さらに残念なことに私は英語がそれほどできるわけではないので修士の時点では留学は遠い存在だった。もちろん英会話が苦手でもそれなりの論文を英語で量産すれば自然に道は開けるのだろうが、英語をきちんと学べる環境が大学にはなかった。特に英語でアカデミックな内容を議論する場がなかった。

企業に入れば無料英語研修もあるだろうし、なによりも留学費用が稼げる。会社の負担で留学をさせてくれるありがたい企業もある。

4. 博士課程の3年は長過ぎた

世間の基本は博士課程3年。博士課程はちゃんとした研究をして論文を書けばいつでも修了できてよさそうなものだが、3年間は勤め上げなければいけないことになっている。大学・学部によっては2年で出してくれるところもあるが、私の学部はどれだけ論文を書こうと3年がルールだった。3年という時間は貴重な20代の中では長過ぎる。

もちろん3年間正しく拘束されて一つの研究を仕上げるのが博士課程の意義であるし、さらにこの間には人脈を作ったり博士論文目的以外の研究をしたりできるので別に3年間を無意味に過ごすわけではないが、余分に3年を大学で過ごそうという気にならなかった。

実際には

修士課程を修了する少し前から会社に入った。研究も面白かったが仕事はさらに面白く、結局大学に戻ることはなかった。研究も私的に続けたが飽きて数年でやめてしまったので、結果的に就職したことが正しい選択だったのだろう。

留学は社会人3年目くらいまでは考え続けていたが、海外で勉強をするくらいなら海外で就職するほうが楽しいだろうと思い直し、アメリカで仕事を見つけ今に至っている。

余談だが、ニューヨークに住むようになったあと、私が修士を取った分野の研究をしている大学の先生と偶然知り合った。「うちでドクター取らない?」と本気だか冗談だかわからない調子で勧誘された。ちょっと心が動いた。

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