2008年6月4日水曜日

とんでもない美女が「あなたとお話したいの」(上)

「ここに座っていいかしら」

ふと声をかけられた。場所はオランダからドイツ経由スイス行きの列車。食堂車の半分を占めるカフェは社交場がわりになっていて、ドイツ人がビールを飲みながら上機嫌でおしゃべりをしていた。私の横のスペースは半人分くらい空いている。無理矢理つめれば座れないこともないな、と思って顔を上げると女優みたいな人が立っていた。

人様の容姿をどうこう言うのは品が良くないというものだが、ドイツ人一同はおしゃべりをやめ、一挙手一投足を口を開けたまま見ているので、隠れ美人が多いとされるドイツ人基準でもかなりの美女らしい。高身長のキャメロン・ディアスをほっそりとさせて冷たい感じの顔にしたらそうなるかも、というルックスだった。

まずは、ドイツ人相手に議論を吹っかけていたアメリカ人の留学生マイケルが流暢なドイツ語で自己紹介。どうやらこの男は主導権を握りたいらしく、その場の全員を紹介した。自分をアピールすることに加え、さらに他人に発言させまいというこの姿勢、戦勝国ならではの自信だろうか。私のことは

「こちらは日本人だがアメリカから来ていて、ええと名前は」

とちゃんと名前も含めて紹介してくれた。10分前に教えた名前を覚えているとは、コミュニケーション力が強すぎだ。

この女性は料理を注文したようで、しばらく席にかけて待ちモード。周りの男どもは女性に「どこから来た」みたいな話をしている。女性はフランクフルト在住のFさんで、スイスに行くということだけはわかったが、その先がさっぱりわからない。美女が来るまでは私のためにドイツ語から英語への通訳をしてくれていたマイケルも私のことをほったらかしだ。

ところが、女性の料理が来てから流れが変わった。女性が英語で発した一言を聞いて全員が驚いた。

「向こうのテーブルに行って二人で食べません? あなたとお話がしたいの」

ところが一番ぶったまげたのはそれを言われた本人、つまり私である。

◇ ◇ ◇ 

こういうのは美人局、つまり背後に恐いお兄さんがいたりするものと相場が決まっているので、嫌だなと思った。尻尾を巻いて逃げようと思ったが列車内のこと、どこにも行きようがない。マイケルが「がんばれ」というように私にウィンクしてくるのが気持ち悪いなと頭の隅で思いつつ、テーブル席に移動した。

二人だけのテーブル。女性が口を開く。

「どうしてもお話ししたかったことがあるんです。実は……」

(続く)

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