2009年7月29日水曜日

夕焼けとサマータイムと人生と


僕がずっと前に大阪で仕事をしていたときの話である。サービス残業の多い会社で帰宅はいつも10時過ぎだった。部内最年少の僕は残業したところでできることは知れているのだが、かといって先輩より先に帰れるような雰囲気ではなかった。

当時付き合っていたガールフレンドも電話で話すばかりでなかなか会えなかった。一足先に社会人になっていた彼女は僕の慣れない職場環境を気づかってくれ、文句はまったく言わなかった。僕が電話で話す内容は仕事場のことが中心だった。

「昨日、イケメンの課長にサシで夕食を食べに行こうと言われたんだ。この課長ならフレンチかイタリアンに違いないと思って行ったのに街の中華料理屋、おまけに最初の注文が餃子5人前とビールで幻滅さ」

彼女はウフフと笑ってくれた後、「フレンチだなんて、あなたが社会人生活に夢を持ち過ぎよ。でも大企業だと思ってちょっと期待してたけど大したことないのね。でもいいわ私餃子好きだから。今度食べに連れて行ってよ。一緒に夕焼けも見たいし」と言った。

倹約デートでいいから会いたい、という彼女なりのメッセージなのだが僕はそれに気づかず「夕焼けはともかく、餃子なんか好きだったっけ?」と彼女の言葉を額面通りに受け取った。

大阪という所は餃子を食べる場所には事欠かないのだが、夕焼けスポットは隣の神戸と比べると実に乏しい。僕は雑誌と首っ引きで高層ビルのカフェに当たりをつけた。仕事帰りに落ち合い、カフェで夕焼けを鑑賞してから餃子という計画だ。

◇ ◇ ◇

さてデートの当日。夕焼けの時間帯から逆算すると6時には退社しなければならないのだが、雑用が多く実際に会社を出られたのは6時20分を回っていた。異例に早い退社なので上司が「おや今日は半休ですか」と嫌味を言っていたが言い返す時間すら惜しんで待ち合わせの場所に向かった。

遅刻から始まったデート。結論から言えば失敗だった。彼女とようやく高層階のカフェに着いたときは夕焼けはほとんど終わっていた。評判の餃子専門店は客が多過ぎるせいか皮の包み方が雑だった。

そして僕達の仲も、下手な職人が包んだ餃子の襞がゆっくりはがれるように疎遠になっていった。僕が東京で別の仕事を始めたのは既に二人の関係が終わった後だった。

◇ ◇ ◇

今更ながらに思う。

あのときもし日本にサマータイムがあったら。日没は一時間遅くなり、僕達は夕焼けに照らされたカフェで愛を誓い合ったはずだ。たとえ餃子の味が悪くても、ゆっくり口直しをする余裕があったに違いない。

サマータイムがないおかげで僕は大阪で家庭を築きそこねたのだ。

サマータイムに反対の人は一度夕焼けデートをしてみるといいよ。

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